郡山城跡 柳沢文庫と追手門と桜(後編)

桜の季節もそろそろ終わりに近づこうとし、今年は4月15日(日)まで期間延長されていた
(通常3月30日-4月8日で源九郎稲荷神社の白狐お渡りや時代行列や市民パレード等の催しはこの日まで)、
大和郡山市の郡山城跡内の第52回お城まつりも今日で終了・・・。

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けれど、桜がなくてもお城好きな方や歴史好きな方、奈良にお住まいの方、奈良を愛する方は
いつ行かれても楽しめる所ではないかと思います。前置きが長くなりましたが、4月7日に訪れた時の続きを…。

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本丸跡の東側にある藩庁があった跡の柳沢神社や天守台から、
西側の藩主の私邸等があった屋敷跡を眺めると・・・、大きな枝垂桜(しだれざくら)があります。

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竹林橋跡の手前を通って、内堀を超えて少し前に歩いてきた東側を眺めると…、
郡山城らしい野面(のづら)積みの高石垣が、一層高く壮大に見え…。

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白いたくさんの花が集まっている雪柳(ゆきやなぎ)も、
桜より長くこの季節に咲き、桜の美しさををより一層引き立ててくれているようです。

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てくてくと何故だかよくわかりませんが、引き寄せられるように一番奥の明治の館の城址会館に向かって歩いていくことに…。

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途中には東屋のような休憩所のような建物があったり、不思議でちょっと怖い"高台なのに水を切らさぬ池"があったり・・・、

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お城まつり期間だけと思われる、お花の苗や特産品を販売しておられる臨時のお店があったり・・・。

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城址会館前には大きな染井吉野(ソメイヨシノ)の桜と、
蕉門十哲の一人森川許六の「菜の花の中に城あり郡山」の句碑が立っており、
この季節の桜だけでなく、菜の花もたくさんあった!?のだと気づかせてもらいました。

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北東隅の玄武郭に建つ立派な城の一部のような総欅造の二階建ての建物が、
明治の館と云われている城址会館・・・。
実は昭和45年に、県立旧奈良図書館(明治41年築)を市が?譲り受け、こちらに移築したものなのだそう…。

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そして平成9年には、奈良県の指定有形文化財に登録され、現在は市民会館となっており、
なんだかタイムスリップしたかのような?明治のクラシックな雰囲気!がそのままの残されているところだけに…。

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別の使い方(カフェやギャラリーか大和郡山市の歴史や資料会館や雑貨やクラフト店やビアガーデン!?)をすれば
もっと多くの方が集まり、その価値が高まるのになと、期待を込めてふと思ってしまいました。

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追手門の中で何やら人だかりがあり、覗いてみると…!
陶芸教室で作られた作品を展示されておられるところで現在風な使い方に驚いたり、
この辺りでは特等席のように、近くの方がお花見を楽しんでおられました。

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特に郡山城跡の中でもこの時は、城址会館の前(菜の花石碑の上)の染井吉野の桜が満開できれいだった気がします。
続いて追手門や追手向櫓の内側で行われていた、「郡山は金魚のまち」という金魚グッズや大和郡山の特産品を販売されているところも見学・・・。

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最後に、毘沙門郭跡にある、昭和35年郡山城跡が県の史跡指定文化財になったことで、財団法人郡山城史跡・柳沢文庫保存会が発足し、歴史の宝庫?と言われている柳沢文庫へ…。

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こちらでは、柳澤家からひきつがれた柳澤藩の諸記録や郷土資料に、柳澤家所蔵の書画や書物が保存され公開されています。
なんだかふすまを開けて入る資料館は、民家の1室のようで、柳沢文庫というネーミングがぴったり…。
人も少なく静かでゆっくり見ておられる方が多かったです。

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こちらの柳沢文庫だけは、入館料(一般200円.学生100円.中学生以下・70歳以上は無料)が必要で、
開館時間は9-17時(入館は16時30分まで)、毎週月曜・祝日・お盆・年末年始は休館日です。
"さかさ地蔵"の大きな写真が見れたり、柳澤吉里の自画像も印象的です。
また、財団法人郡山城史跡・柳沢文庫保存会は、城跡の維持管理もされておられるのだとか…。




そして、最後に「明日のお城と城下町を考える会」などの市民運動により、
1980(昭和55)年に築城400年の記念事業で昭和58年に復元された、羽柴(豊臣)秀長(豊臣秀吉の弟.100万石)築城の当時に近い形の追手門(梅林門)へ…。

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その後も追手向櫓や多聞櫓、追手東隅櫓がなどが62年の歳月をかけて再建されたそうです。

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追手向櫓の前でも、
この時は特産品の販売中で、猫夫はこの時とばかりによもぎ餅やお豆腐屋さんの薄揚げ等を購入しました。
お買い物を夢中になってしまったり、別のお店にも寄ったことで、
多くの方が撮影スポットで素敵な写真をよく撮られておられる撮影スポットをスルーして帰ってしまいました…。
通常はこちらの追手門から、郡山城跡を見学するべきだったのかも…。

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天守閣は復元されていないので、他のお城と比較すると、その栄華を垣間見ることはできませんが…。
天下人織田信長の支援により大和武士の棟梁となった筒井順慶が、筒井城から1580(天正8)年郡山城の築城と城下町を整備し…。
続いて豊臣秀吉の弟秀長が、大和・紀伊・和泉で100万石を与えられ、大阪城を守るために、
本格的な近世城郭づくり(藤堂高虎に300石を与えて)を進め、大坂夏の陣で戦火にあったり荒廃した時期を経て…。

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徳川家康の孫の松平忠明が郡山城と城下町を復興し…。
1724(享保9)年柳沢吉保の子の吉里が、甲府から15万石で国替えし郡山に入ってから、
以後柳澤氏が六代にわたって存城し、明治維新を迎えた歴史に…思いを巡らせ、
100万石の時代を復元した追手門周辺では、郡山城が威容を誇った大きな城であったことを偲ぶこともできた気がします。
ただそれは、その時代を生きる人や、地域や地元にある史跡を愛する市民により成り立っていることも、忘れてはいけないなと思いました。

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奈良の桜は満開からそろそろ散っている姿も見頃となり、散った桜の花びらでできたピンクの花絨毯や、
水面に浮かんだ花筏(はないかだ)の景色も楽しめる季節を迎えようとしています。
皆様今年はお花見には行かれたでしょうか・・・?




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by tukimi-kai | 2012-04-15 16:22 | 奈良 | Trackback | Comments(0)
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