牛歩台風 自然の驚異とその爪跡

先週末より紀伊半島と四国の間を通過した台風12号のもたらした豪雨による被害状況は、日に日に明らかとなり、被害者の方々の人数は、死亡者50人行方不明者55人(うち奈良県は死亡者5人行方不明者20人)と死亡者が100人を越える、平成に入ってからの最大の被害をもたらした台風となりました。
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どうかまだ行方不明になられている方が、早く見つかりますように。
そしてお亡くなりになられた方のご冥福をお祈りします。
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また、土砂崩れ等により道路が寸断され孤立化していたり、家屋が流され避難所生活をされている方々、水道や電気といった復旧していないライフラインに辛い思いをされている方も多くおられます。
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奈良は海がないので、地震が起きても津波の被害はないけれど、地震や台風による土砂崩れが一番心配な災害でした。土砂崩れの危険を感じる山間部にあった実家では、小学生の時台風が近づくと、防風雨に備えて、雨戸も門戸も厳重に閉めて、教科書をいっぱい詰めたランドセルを布団の横に置いて、いつでも避難する準備をして、できるだけ山際から離れた部屋に寝たりしていたのだけれど、大人になるに連れて「このくらい大丈夫・・・?」という意識に変わってきていたりもしていました。
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今回の台風は、太平洋高気圧と日本海に張り出した高気圧に、行く手を阻まれた台風がこれまで通過した覚えのないルートを通過し、強い勢力を維持しながらも、自転車並みの時速15kmから、人の早足ほどの10kmの牛歩台風と呼ばれるほど移動速度が遅く、雨が長時間降り続いたのが大きな被害の原因になったようです。
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心配して、実家にも連絡すると「夏野菜をもう一度収穫できるはずだったのに、畑がぐちゃぐちゃに水没してしまった・・。」というほっとできる返事で、家族も家も村も無事で安心したのですが・・・、雨は降ったり上がったり風だけが強く感じた北部に比べて、ずっと中部は降り続いていたそうで、かなりの雨量だったようです。
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また「台風の中心の時よりも、その周囲の時間の方が風雨が激しかった・・・。」と話していたのですが・・・。台風の中心が通過した四国や中国は比較的風が弱かったものの、発達した雨雲が周辺にドーナツ型に広がり、紀伊半島にかかって大雨をもたらす、中心周囲にドーナツ型の巨大な目を持っていたのが特徴だったよう・・・。
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奈良県北部や中部の被害がこれまでも毎年少なかったのは、世界遺産でもある紀伊山地の山々や、奈良県南部一帯の吉野の山々に囲まれ守れてきたように感じていたのですが・・・。今回の台風では、台風周辺の暖かく湿った空気が紀伊半島付近へ大量に流れ込み、この大気が東西に延びる紀伊山地の南側の斜面にぶつかって強い上昇気流となり、積乱雲が次々と発生し、多くの雨を降らせてしまったよう・・・。
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そして「お嫁に来て40年・・・、こんなにひどい台風にあったことはない。」とNHKTVのインタビューでも話されていたように、その雨量は読売新聞(2011年9月5日08時53分)よると「奈良県上北山村では、降り始めの8月30日午後6時から9月4日午後4時までの総雨量が1805.5mmに達し、東京都心の年間総雨量の平年値(1528.8mm)を超えた。」という聞いたことのない数値でした。
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そして、NHKTVのインタビューで次に高齢の方が話されていた内容は、意外だけれど、その被害状況から納得できる言葉でした。「昔、津波は海だけではなく、山にもあると聴いていたけれど、今回のがまさしく山津波だと分かりました。」と・・・。朝日新聞社の記事よると、「これだけ大きな被害は、168人が亡くなった1988(明治22)年の大水害以来だという。当時の村は壊滅状態となり、約2500人の村民が新天地を求めて北海道に集団移住し、新十津川村(現・新十津川町)を開いた歴史がある。」のは聴いたこともあるまぎれもない事実・・・。
今回の雨量に耐え切れなかった山の表層だけではなく、紀伊半島に多い断裂層を中心に、生えている木々も根こそぎ地層から滑り落ちる深層崩壊が起きて、堰き止められた谷川が対岸へ流れ込み家屋ものみこんでしまったことで大きな被害をもたらし、自衛隊や警察による行方不明者の方々の捜索も難航しています。溜まったせき止め湖(土砂ダム)の水の量も多く、土石流の危険もあることで避難とその対応が急がれます。
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東日本大震災の際にも感じた危機管理や、避難の重要性と震災への備えを今一度確認し、いつ起こるかもわからない東海・東南海・南海地震に備える為に、自然が多くの人々に警告を発しているようにも感じました。今回避難所に指定されるべき学校なども被害を受け、川の氾濫を予想しても対岸までは及ばないと考えていた予測を超えた自然の驚異・・・。避難勧告も出ない地域で、連絡網が遮断し逃げる場所もない時にどうするべきなのか・・・?
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自らの住んでいる地域の地盤(ハザードマップ)を確認したり、非常用品の確認(3日間の食料や水の備蓄は必須)、避難経路の確保等を常に意識しておくことや、専門家は集落ごとに避難所を設けるなど、きめ細かい対策の必要性を指摘しています。台風の大雨が降った翌日の9月4日の朝、若草山や高円山の大文字焼きの跡の遠くまでくっきりと見渡せる景色に驚き、きれいな景色とは逆に、もしもの時を考えました。

昨年冬に訪れた和歌山県那智勝浦町(町長のお嫁入りを控えた娘さんがお亡くなりになられ、奥様は行方不明だけれど、職務を遂行されています。)や世界遺産の那智大社、子どもの頃はよく行った奈良県十津川村も多大な被害を受け、心痛みます。早い復旧・復興をお祈りし続けたいと思います。
9月は台風の訪れる月・・。新たな台風14号も発生し、今週末はまた大雨や雨続きになりそうで心配です。どうぞどの地域にお住まいの方も、ご注意ください。


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9月9日、台風12号の土砂災害等で道路が遮断され、孤立していた十津川村では、警察や自衛隊によるヘリコブターでの救援物資が届けられていましたが、4日ぶりに迂回路ができて、通行が何とか可能になりました。親戚や知り合い宅に避難されておられる方もいますが、ライフラインの復旧していない地域もあり、天川村では炊き出しが朝夕開始、ボランティアセンターも仮設され、土砂や川に冠水したお宅では、ボランティアの方々に清掃作業に助けてもらっている映像が・・。
東日本大震災の被害状況とは全く異なりますが、その時の教訓もあり、早速野田首相や荒井奈良県知事も五条市に出向き、早急な対応を約束してくださっていました。孤立して電気や交通網に連絡網も遮断された中、村人たちは避難してきていない集落の一軒一軒一人一人を訪れたり探して、助け合っておられたよう・・・。こういう昔ながらの集落のコミュニティや日頃から互いを心配する気持ちが、災害時には改めて心強いなと感じました。
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by tukimi-kai | 2011-09-07 16:03 | 奈良 | Trackback | Comments(0)
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